【信州旅行2泊3日|長野県|諏訪】諏訪大社4社まいりをしてきました! グルメも満喫:信州そば・義経鍋

長野県
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ぽや妻
ぽや妻

こんにちは!
ぽや妻(@poyatabi)です。
2026年の5月に長野旅行に行きました。この記事では諏訪4社まいりやグルメについてまとめています!YouTubeの動画とあわせてご覧ください♪

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鉄道&レンタカーで信州旅行2泊3日の旅へ!

旅行の様子は動画にまとめています☺
画像をクリックするとYouTubeに移動します

初日は諏訪へ。初めての諏訪大社まいりです。諏訪大社の前宮・本宮・春宮・秋宮の4社すべてにお参りしてきました。旅の様子は動画にまとめましたので、ぜひご覧ください☺

この動画シリーズ『ぽや夫の誕生日を祝う信州2泊3日の旅2026』をまとめてご覧になる場合はこちらの再生リストからどうぞ。

鉄道とレンタカーで巡る長野の旅

立川から茅野までは特急あずさを利用しました。茅野からはレンタカーを借りて観光しながら、最終的に長野まで移動し、長野駅から新幹線で帰ってくる2泊3日の旅です。

駅構内に土偶のレプリカが展示してありました。

茅野市は縄文時代の遺跡が多く残る地域で、全国でも貴重な国宝の土偶が2体出土しています。

ひとつは棚畑遺跡から出土した「縄文のビーナス」(写真左)。約4,000~5,000年前の縄文時代中期の土偶で、ふっくらとした体つきが特徴です。ほぼ完全な形で見つかったことでも知られ、1995年に国宝に指定されました。

もうひとつは中ッ原遺跡から出土した「仮面の女神」(写真右)。約4,000年前の縄文時代後期の土偶で、顔に逆三角形の仮面をつけたような姿が印象的です。こちらは2014年に国宝に指定されました。

この2体は茅野市の尖石縄文考古館で実物を見ることができます。全国で国宝に指定されている土偶5体のうち2体が茅野市から出土しているというとても貴重な場所です。
今回は行くことができませんでしたが、次回ぜひ行ってみたいなと思います☺

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諏訪で訪れた場所

諏訪大社・上社本宮

まず最初に向かったのは諏訪大社 上社。
※諏訪大社は諏訪湖を挟んで南側に位置する「上社(かみしゃ)」の本宮・前宮、北側に位置する「下社(しもしゃ)」の春宮・秋宮という、二社四宮(にしゃよんみや)から構成される神社です。それぞれが独立した境内と固有の歴史・建築美を持ち、四社全体で一つの「諏訪大社」です。

本当は上社前宮に先に行く予定だったのですが、ナビの設定を間違えて本宮のほうに到着。先に本宮にお参りすることにしました。

立派な鳥居です。

前の人について行くともう一つの鳥居|銅鳥居がありました。

入口御門を抜けて布橋を渡ります。左手には額堂や摂末社遥拝所、大国主社などもあります。

諏訪大社に大国主が祀られているのは、諏訪大社の御祭神・建御名方神は、出雲の神様・大国主神の息子とされているからです。国譲りの神話で建御名方神が諏訪まで逃れてきたという話が神話(古事記)に書かれています。

幣拝殿の先に本殿は無く、その先には守屋山(諏訪大社上社の御神体山)があります。

本宮を囲む四隅には御柱(おんばしら)が立っています。御柱祭で有名なあの大きなもみの木です。近くで観ると本当に太くて立派な柱です。

諏訪大社の御柱祭は正式には「式年造営御柱大祭」といい、寅年と申年の6年おきの開催で、次回は2028年。諏訪大社の4つの宮に、それぞれ4本ずつ御柱が建てられます。

こちらは江戸時代に活躍した、信州出身の大力士・雷電為右衛門の像です。諏訪大神は昔から力の強い神様として知られ相撲との縁も深いことから、境内には雷電の等身大の像が置かれています。ちなみに、この像のモデルになったのは、元横綱の柏戸関なんだそう。

ぽや家は5月に初めて(この旅の1週間前に)大相撲を生で観たばかりなので、今年はお相撲とご縁がある気がします。

大相撲初観戦の様子は↓こちら

神長官 守矢史料館

本宮と前宮の中間地点にある神長官守矢史料館にやってきました。

守矢家は代々、諏訪大社上社で「神長官」という重要な神職を務めてきた家で、神事や祭祀を取り仕切り、明治時代の初めまでその役目を担っていました。
守矢家には諏訪大社の祭礼や歴史を伝える貴重な古文書も数多く残されており、その一部を展示しているのがこちらの施設。

この独特な建物を設計したのは、茅野市出身の建築家・藤森照信さん。1991年に完成した、藤森さんの建築家としての処女作。自然との調和が素敵です。

中の展示は「守矢家に伝わる古文書」と「諏訪大社の古い祭祀」が中心。
こちらは上社の重要な祭礼「御頭祭」の復元展示。昔の神様へのお供え物が再現されています。

昔は鹿の頭をはじめ鳥や魚など、さまざまなものを神様へのお供えとして捧げていました。こうした祭りには、諏訪地方に古くから伝わる狩猟や豊穣の信仰が関係していると考えられています。

一方で、御頭祭には旧約聖書の「イサクの燔祭」と似た部分があるとして、古代ユダヤとのつながりを指摘する説もあります。諏訪には、古代ユダヤとのつながりを指摘する説もあります。共通点として、

①諏訪大社上社の背後にある「守屋山」は、旧約聖書に登場する「モリヤ」という地名と同じ読み方。
②御頭祭の動物を供える祭祀がアブラハムが息子イサクを捧げようとした「イサクの燔祭」と似ている。
③前宮の「十間廊」は、古代イスラエルの礼拝施設「幕屋」と構造が似ている。

↑この3点があり、諏訪と古代イスラエルとのつながりを想像する説が生まれたそう。ただし、これは歴史的に確認された事実ではなく、現在も議論のある説の一つです。
都市伝説として面白いですよね~。

高野(こうや)の耳裂鹿(みみさけじか)

現在の御頭祭は鹿のはく製が使われていますが、昔は本物の75頭の鹿の頭が供えられていました。そしてその中には毎年必ず1頭、耳の裂けた鹿がいたと伝えられています。「高野の耳裂鹿」と呼ばれる諏訪大社の七不思議の一つです。この鹿は諏訪の神様が自ら捕らえた鹿だと考えられていたそうです。

ほかにも、武田信玄の書状などの古文書や、祭祀に使われた鉄鐸、「鹿食免」のお札など、諏訪独特の信仰を知ることができる資料が展示されています。

諏訪には、建御名方神を祀る現在の諏訪大社の信仰よりも古くから、山や巨木、巨石など自然そのものを神聖なものとして祀る信仰があったと考えられています。

その中で重要なのが「ミシャグジ」という神・霊的な存在です。

こうした古くからの土着信仰と建御名方神を祀る信仰が重なり合い、現在の諏訪信仰へとつながっていったのですね。

学芸員の方が神話の話を交えつつ、御頭祭などについて説明をしてくださって、とても興味深く見学しました。おすすめの資料館です。

諏訪大社・上社前宮

つぎに訪れたのは、上社 前宮です。諏訪大社の中でも、古くからの諏訪信仰の姿を色濃く残している場所で、四社の中でもっとも古い歴史を持っています。

本宮にくらべると落ち着いた境内。

十間廊は御頭祭が行われる場所です。

壁がないのが印象的ですね。都市伝説界隈ではこの十間廊が旧約聖書に記された古代イスラエルの移動式テント(幕屋/タブナクル)に構造やサイズが似ているといわれているやつですね。

坂を上って行くと、木々に囲まれて上社前宮の本殿があります。諏訪大社の四社(前宮・本宮・秋宮・春宮)の中で、本殿があるのは前宮だけです。

林を囲むように御柱4本が立っています。

個人的には、四社のうち一か所しか巡る時間がないという場合、こちらの上社前宮にお参りするのが良いと思います。

高島城

さて、上社のお参りを終えたので下社に移動するのですが、その途中にあるお城を観て行くことにしました。

1598年、豊臣秀吉の家臣・日根野高吉によって築かれ、江戸時代には諏訪氏の居城となりました。
当時は諏訪湖の水と湿地に囲まれ、まるで湖に浮かんでいるように見えたことから、「諏訪の浮城」と呼ばれていたそうです。現在の天守は1970年に復興されたものです。

天守からは諏訪湖も見えて眺めが良かったです。

萩月庵 千ひろ

さて、ランチは信州そば!下社春宮の近くにある萩月庵 千ひろさんへ。

天ざる(ぽや妻)↑と、野菜天そば(ぽや夫)↓をいただきました。おいしかった!

お店の中には大相撲の関連の品が置いてあり、諏訪がお相撲とかかわりが深いのだなと気づかされました。

諏訪大社・下社春宮

下社春宮下馬橋。室町時代の建立とされる、下社で最も古い建物のひとつです。

昔はここから先が神域とされ、身分の高い人も馬や駕籠から降り、御手洗川で身を清めてから春宮へ向かったことから、「下馬橋」と呼ばれるようになったそうです。今でも春と秋の遷座祭では、神輿だけがこの橋を渡るという特別な橋です。

諏訪大社 下社春宮。

下社には春宮と秋宮があり、2月から7月ごろまでは、こちらの春宮に御霊代が遷座しています。

春宮の社殿は秋宮とよく似た造りになっていて、幣拝殿と左右片拝殿が国の重要文化財に指定されています。春宮は諏訪の地元大工である柴宮長左衛門が手掛けました。

春宮のご神体は杉の木です。

万治の石仏

春宮から少し歩いたところにあるのが、こちらの「万治の石仏」です。大きな自然石の上に、小さな頭がちょこんと乗ったような、なんともユニークな姿をしています。1660年/万治3年の年号が刻まれていることからこの名前が付いたそうです。

岡本太郎さんがこの石仏を見て絶賛したことから、全国的に知られるようになったそうです。

お参り方法は、

  1. 正面で一礼して「よろずおさまりますように」と願う
  2. 時計回りに3周する
  3. 正面に戻って「よろずおさまりました」と唱え、一礼する

この万治の石仏には、ちょっと不思議な伝説が残っています。

昔、春宮の大鳥居を造るためにこの石を材料にしようと石工がノミを入れたところ、なんと石から血が流れ出し、驚いた石工たちは作業をやめました。そしてその夜、夢の中で「上原山に良い石材がある」というお告げを受けたそうです。お告げの場所の石を使って大鳥居が無事完成。血が流れ出た石には阿弥陀如来を刻んで祀りました。それが、この万治の石仏だと伝えられています。

背中には、当時ノミを入れた跡とされる傷も残っています。

実際に観るととても大きな石仏です。春宮に訪れた際にはぜひこちらにもお参りしてみてください。

おんばしら館 よいさ

こちらも春宮のすぐ近くにあるおんばしら館 よいさ。御柱祭の体験型の展示もある資料館です。

撮影し忘れたのですが、屋外には御柱の展示もあり、その大きさがわかるのでぜひ立ち寄ってみてください。展示もとても面白かったです。

御柱の太さがわかる体験型展示もありました。50代おじさん&おばさんですが、職員のおねえさんに促されて御柱に跨らせてもらいました~!楽しかった!!ヨイサー!!

諏訪大社・下社秋宮

四社のさいごに訪れたのは諏訪大社 下社秋宮。
こちらの秋宮には8月から翌年1月ごろまで御霊代が遷座しています。

境内を進むと大きな注連縄のかかった神楽殿が見えてきました。手前右に観切れているのは境内には樹齢800年ともいわれる「根入りの杉」です。

この大注連縄、出雲大社のものと似ていますよね。
実は秋宮の大注連縄は、出雲大社に大注連縄を奉納している島根県の団体から作り方の指導を受けたことが始まりなんだそうです。

現在は、下諏訪の氏子の皆さんによって、御柱祭のたびに新しく作られています。

秋宮は江戸から招かれた名工・立川和四郎富棟(立川流の祖)が手掛けました。

建物はよく似ていますが、細部の作りがそれぞれ違っていて、春宮とはまた違った雰囲気。

秋宮のご神体はイチイの木です。

四社まいりの記念品をいただきました

四社まいりを終えました。それぞれのお社で御朱印をいただくと、最後に記念品がもらえます。

こんな素敵なステッカーをいただけました~!

グリーンサンホテル

この日は諏訪に宿泊しました。ホテルは下諏訪駅のすぐ近く、ニデックの隣です。
ルームツアー動画を公開予定ですので、そちらで詳しくご紹介します(ブログ記事もそのタイミングで作成予定)。

焼肉縁結 岡谷店

ホテルにチェックインして荷物を置いたので、夕飯へ。
旅行が決まってからずっと気になっていた【義経鍋】を食べに縁結さんへ。

↑こちらが義経鍋です!ユニークですよね!!※発祥には諸説あるようです。

長野県でジンギスカン!意外な感じもしますが、ジンギスカンを食べることができるお店が多い印象です。

真中はお鍋になっていて、牛骨スープで野菜を煮て食べつつ、下の鉄板でお肉を焼いていただくという感じ。普通の焼き網や鉄板でする焼肉にくらべると面積が小さいのでコツがいりますが、これはこれでとても楽しかったです☺

(長野の旅は続く…)

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